おいしんごがそれっぽく語ってみた

四国の真ん中、高知県本山町の役場で林業担当をしています。森林のこと、環境のこと、社会のことなど、日々学んだことや考えたこと、感じたことをそれっぽく語っていきます。

スイス林業ツアーに参加して

10月半ばに、近自然森づくり協会主催のスイス林業ツアーに参加してきました。

去年はドイツ行って、今年はスイスと…。図らずも2年連続のヨーロッパ渡航になりました。

今回のスイス林業ツアーは、地元関係者への報告会もやりたいなと考えているのですが、ひとまず文章でどんなことを学び考えたかをつらつらと綴っておこうかと思います。(相変わらずとっても長くなってしまいました)

 

今回のツアーは、日本で近自然森づくりの普及を進められているNPO法人近自然森づくり協会さんが企画されたものになります。

自分も2018年頃から近自然森づくり研究会(情報交換を趣旨とした任意団体)の会員に入らせてもらっていて、色々と勉強させていただいてきました。

 

近自然森づくりについては以下を参考にしてください。

近自然森づくり協会HP

https://www.kinshizenforestry.com/

 

2018年郡上市でのスイス・フォレスターワークショップに参加した様子

oishingo.hatenablog.com

 

2019年飛騨市で行われたスイス・フォレスターワークショップに参加した様子

oishingo.hatenablog.com

 

 

 

今回参加したツアーの概要です

2023年10月8日~10月13日

場所:スイスチューリッヒ

主催:特定非営利活動法人 近自然森づくり協会

ツアーチーフ:     佐藤浩行様

講師:         ロルフ・シュトリッカー様(フォレスター

コーディネート・通訳: 滝川薫様

サポート:       山脇正俊様

 

参加者:11名

 

参加者は北海道、岩手、長野、奈良、京都、高知、宮崎と北から南まであちこちから集まり、職種も行政から民間、民間でも素材生産、山林経営者、管理会社、他業種と非常に多様性に富んだ参加者でした。ちなみに参加者のお子さんも2人いて、現場も一緒に回ってくれたので普段の林業研修とは違った賑やかさがあって楽しかったです。

 

行程はこんなかんじ

10/8(日)

チューリッヒ国際空港集合・宿泊所に移動

 

10/9(月)

ロルフ管理林にて、選木の演習

 

10/10(火)

AM:森林ラボの見学

PM:木造タワーとその周辺の森の見学

 

10/11(水)

AM:ロルフ管轄の作業現場で伐採作業の見学

PM:保安林・風害後の更新林の見学

 

10/12(木)

AM:宿近くの散歩

PM:参加者と振り返り

 

10/13(金)

解散

 

スイスの林業が優れている点として強調されるのが、とても能力の高い現場フォレスターの存在と、現場フォレスター含め技能・技術の高い林業者を育成する教育システムがあることが挙げられます。

今回は、現場フォレスターであるロルフさんの管理森林を見せていただきながら、彼がそこでどのようなことを考え、どのような実践をしているかを聞くことができました。

参加者の皆さんと楽しい学びの場となりました



 

選木の実習

初日の選木の研修現場では、そこ以外でもそうですが、ロルフさんの森づくりの基本方針として「恒続林」に誘導していくこと、具体的には種や林齢を含めた森の構造を複雑化させていくことが語られました。

 

森林の構造を複雑にするメリットとしては、森林全体や樹一本一本の安定性を高められることがあります。

 

スイス林業も以前は、現在の日本と同様に針葉樹単相林の森づくり(向こうはトウヒが中心)が主流でしたが、1990年代の大型ハリケーンによる大量の風倒木の発生や、最近では気候変動による乾燥が起因となったトウヒのキクイムシ被害などをきっかけとして、森が崩壊せず持続的に森として維持していくにはどうしたらいいかという「森の安定性」を重視する森づくりに転換しつつあります。

 

ただそれは単純に環境として森を守っていくという観点のみならず、持続的に森が維持していくことが森林所有者や林業事業者の持続的な収益につながるという、極めて経済的な理由でその選択をしているというのは強調すべきポイントです。

一斉単相林は博打でリスクが高すぎるというのが、ロルフさんの感覚のようで、スイスのフォレスターの中でも濃淡はあるものの、そういう感覚は段々広がってきているようです。森林経営は投資的な側面があるので、その投資対象が崩れてしまっては回収できない、投資対象が安定してくれないと怖くてつつけない、その安定性は構造の複雑化という方向性で人間が介入することで実現できるという森づくりを行なっているわけです。

 

さらにそれは、赤字を出して実行するものではなく、一回一回の作業は大きくなくてもきちんと収益を出していく、そのコスト感覚も目を見張るものがあります。

無駄なことはしない(伐らないでもいいものは伐らない)というシビアなコスト感覚は日本が見習うべき大きなポイントだと思います。

ここは恒続林の構造にかなり近いというエリア。低、中、高木がミックスして生育している

 

樹種や林層を複雑化することでの利点として語られたことは以下のポイントです。

・樹種が多様になることで、病虫害に強くなり、森が全倒れしない、レジリエンスの高い森ができる

・根の張り方が多様になるので、土壌を含め森全体が安定する

・多様な落葉が供給されるので土壌が豊かになる=地力が上がり森の生産性が高まる

・多様な木材、在庫が確保できるので市場の波に対応しやすくなる

 

現地で解説された選木の考え方はこれまでも聞いてきた通り、安定性>活力>品質という基準で将来木を決めて、その成長を阻害するライバル木を伐採木として選木するというものですが、より具体的にどういう考え方で行われているかを聞くことができました。

 

例えば、

・タモ(トネリコ)は病虫害のリスクが高まっているので将来木に選ばない(できるだけ伐採木とする)

・トウヒは希少性が低く(たくさん生えていて)、今後のキクイムシ害リスクが高いので将来木になる可能性は低い

・商品価値の高いヨーロッパカジカエデを優先的に将来木に選択する(それの単相林にはしない)

・その他、林分の中で希少な種(研修現場ではサクラやボタイジュ)は多少樹形が悪くても成長の見込みがあるなら残す(樹種の多様化)

選木の考え方について解説

 

また、生物多様性の観点からも以下のことが解説されました。

現場にはブナの立派な巨木があり、その地上6mほどのところに鳥の巣穴が見られた。これは木材としての価値は低いが生物多様性としての価値は高い。これを登録申請することで、助成金がもらえるし、これを将来性がないからといって伐採しても、中が腐っていてパルプにしかならないので、コストばかりかかってしまう。経済的な理由からもこうした木は伐らない。鳥が営巣してくれることで、害虫などの樹木の天敵を防除することにもつながるので、十分残す価値は高い。

巣穴が見られる

 

こうした、単純に木材の価値としては測られない、森全体の経済性を考えた上での伐る伐らないという選択をしているのは、聞くとなるほどとは思うのですが、実際にそうした選択をしている現場を見ることでその納得感は強まったように思います。

 

以上のような選木ができるためには、非常に広範な知識をフォレスターが持ち合わせている必要があります。

フォレスターの能力(「資本」と表現していました)として

・樹種、材、土地や土壌の特性について

・どういう環境でどの樹種がどのように反応するか

・各樹種同士の強弱関係

・どの材をどのように売ったら有利か(非常に稀少な種でも、例えばサウジアラビアの大金持ちが買ってくれるというような国を超えたマーケット感覚がある)

ということを十分に知っていることがよく分かりました。

 

実際のマーキング作業も見学させてもらった



 

所有者への説明-最大の外交能力を発揮する

今回の研修では、フォレスターと森林所有者との関係についても多く話をしていただきました。

スイスの森林は公有林が多い(約65%)のですが、ロルフさんの管轄するエリア(850ha)の95%は私有林で、小規模な所有形態の所有者が多い地域だそうです。

スイスの森林管理は、現場フォレスターに多くの権限が与えられていますが、一方で所有者は現場フォレスターの判断を拒否することもできます。

なので、権限があると言っても、現場フォレスターが考える森づくりを実行しようと思うと森林所有者の理解を得る必要があります。

 

ロルフさんの管轄林に限らずスイスの森林所有者は、日本と同様に不在村所有者が多く、森林経営をフォレスターに任せていることが多いのが現状です。

なので、30-50%の所有者はロルフさんにお任せのようです。

その他の人には、きちんと考えたいから情報収集をしているタイプ、フォレスターを含めた行政から来るものをすべて拒否するようなタイプなどがいるとのことです。

 

時にロルフさんが考える方法とは違う方法を希望される所有者もいます。

 

たとえば、3日目に訪れた森林は、元々はトウヒやモミが占める針葉樹林だったけど、1999年の大型ハリケーンによって大量の風倒木が発生した森林でした。ここの風倒木処理に入った際に、所有者は残った立木もどうせ倒れてしまうから、一緒に伐採して、また新たに植えてほしいとの意向を示しました。

しかし、ロルフは自然の力(天然更新)でここの森を再生することが最もコストがかからないと考えていたので、天然更新を有効に進めるために残った立木は伐らずに置いておくことを提案しました。高木が残っていることで、部分的に陰地ができて、多様な立地環境ができ、多様な樹種が更新できると予測したのです。

 

それから20余年、結果的に、そこには10mほどになる多様な樹種が生える森に変わりつつあります。

風害当時に残存木を伐っていても、材木価格が暴落している中でまったくお金にならなかっただろうし、全部伐って完全に明るい状態になったら陽樹のカバ類しか天然更新しなかっただろうし、ブラックベリーなどの地表を覆う草本が繁茂してしまっていただろうと推測されます。

現在、想定した通りに天然更新もできた上に、残った木も太くなって市場も落ち着いたので、今上木を伐っても多少の山林収入は得られるようになっているようです。

ハリケーン被害後、天然更新してできた森林

 

このように、これからどのようなことが起こるか、経済的なことを含めた長期的なプランを示して、所有者と交渉する能力(ロルフさんはこれを「外交能力」と表現していました)が非常に大事なのだと、実例を通して示していただきました。

 

そして、大きな額でなくても所有者にきちんと還元をすること。それが協力をしてもらう大きなエンジンになると強調されました。当然の話ですが、そこを抜きにして環境にいいから、と慈善活動になってしまっては物事が動きづらくなり、持続性もなくなってしまいます。

 

日本の場合で考えたときに、例えば間伐をするにしても一度に多くの収入を得たいから作業に入るタイミングで多くの木を伐ってほしいと考える所有者はいるでしょう。その方が一度の作業としては効率的でもあるし、そう考えるのも気持ちはわかります。

しかし、その次に得られる収入はどうでしょうか? 伐る木が数も少なく貧弱になってしまえば、次回の収入は見込めないかもしれません。

今回はこれぐらい、だけど10年後にももう一度入ればこれぐらいの収入になる、という次回以降の作業も見越した提案ができると所有者も安心するかもしれません。

ロルフさんが実際どれぐらい数値的な部分を交渉材料として使っているかは今回聞きそびれてしまいましたが、広範な知識と経験を持って所有者と交渉している様子はうかがえました。

 

 

 

施業現場での、現場作業員とのコミュニケーション

3日目の朝いちばんに訪れた現場はロルフさんの管轄林で、現在伐採作業が実施されている現場でした。

我々が到着してロルフさんから話を伺っていると、休憩から作業員の3人が帰ってきました。

3名の作業員

ここの作業員は7時始業で9時に休憩に入るから、今休憩から戻ってきたのだと教えてくれました。

 

この現場での解説でまず印象に残ったのが、過去を含めた森のデータがスラスラと出てくる当たり前さです。

ここの施業現場は4haの林分なのですが、ロルフさんが手を入れ始めたのが2000年で、そのときの搬出量が288㎥/ha、2.3本/本だったと説明がありました。

初回は太いのを中心にしっかり目に伐って明るくしたので、これぐらい搬出されたようです。

その後5年ごとに手を入れて、5年前に作業した時は搬出量が80㎥/ha、1.4㎥/本

今回もその時と同様ぐらいで、84㎥/ha、1.53㎥/本の搬出量の計画。蓄積は350~400㎥/haぐらい。

目標は、一度の介入で90~100㎥/ha、よければ150㎥/ha、2㎥/本を目指す計画

 

といったように、紙を見ながらではありますが、過去どんなことが行われてきたか、現在こうで、こうなるのが目標という、数値・データがスラスラと出てきました。

これって当然のようですが、実際ある林分を見せたときにこうした話ができる人ってどれぐらいいるでしょうか。篤林家と言われる方や、きちんと経営できている企業有林はできているかもしれませんが、日本ではとてもレアケースなのではないでしょうか。

 

こうした解説の一面にも、長期に森に関わるフォレスターの存在意義が表れているように感じました。

 

内容は戻って、この現場でよく分かったのは、フォレスターと森林作業員の関係性です。

 

ちなみに作業システムの詳細は今回の記事では割愛しますが、この現場では緩傾斜のエリアはハーベスタが作業道(搬出路)を通って森林に侵入し伐採造材するシステムと、傾斜がきついエリアはチェーンソー伐倒とトラクターウィンチによる集材というシステムで、3人で作業が行われていました。

ハーベスターオペレータ 伐採造材作業を見学させてもらった

この伐採現場でも当然将来木と伐採木が選木されています。フォレスターのロルフさんは伐採木にのみスプレーでマーキングします。

作業員は、伐採木のマーキングを元に将来木がどれかやその他林内で残すべき木はどれか(天然更新しているものなども傷つけないように作業する必要があります)などを判断し、伐採方向や集材の段取りを立て、実際に作業をしていきます。

 

フォレスターの意図を汲んで(もちろん直接的な指示もありますが)、フォレスターが考える森づくりを実際に形作る作業を作業員が行います。しかもあくまで効率的・採算が合う形で。それは別にフォレスターが付いて作業を指示監督しているわけではありません。

 

それが実現できるためには二つの要素があります。

ひとつは、決まった作業員、林業会社に作業を依頼するということです。

この林業会社は、いつもロルフさんから仕事を頼まれているので、ロルフさんが考える森づくりや選木の考え方に十分に慣れています。なので、一から十まで言われなくても伐採木のマーキングを見ただけで、それを汲んだ作業ができるわけです。

 

もうひとつはやはり、冒頭で述べた作業員の教育システムによるところが大きくあるでしょう。

スイスの森林作業員・現場フォレスターの教育は繋がっており、現場フォレスターになるには森林作業員教育課程を経て、森林作業員として一定期間実務経験を積む必要があります。森林作業員の中から現場フォレスターに興味のある人が、仕事を辞めてフォレスター学校に進学し、2年間の養成機関を経て試験に合格すればフォレスターになれるという仕組みになっています。

つまり、森林作業員と現場フォレスターは基本となる部分は同じ教育を受けている、皆同じ下積み時代を過ごしているというわけです。

伐倒とトラクターウィンチでの集材をしていた作業員

もちろん時代によって内容は変わっているでしょうが、学習のベースとなる部分が共通しています。

 

例えば恒続林施業で非常に重要なものとして、若木の手入れと呼ばれる技術があります。

新たに更新してきた若木はそのままにしておいても材として使えるものになるわけではなく、除伐や枝打ちなどの軽い成長促進作業をしてあげることで、良材へと誘導することができます。その技術には樹種の知識も必要です。

そうした樹種の知識や若木の手入れの技術も森林作業員はきちんと習っている(4週間充てられるそうです)ので、例えば伐倒方向を決める際もどの稚樹は傷つけてもいいか、いけないかも含めて考えますし、傷ついた稚樹の取り扱い、伐採木の周りの稚樹への対応などもよく知っているのです。それが天然更新による森づくりを実現してくれる一助になっているわけです。

 

(私は日本の天然更新の議論には、ここが欠けているとも思います。生えてくるかどうかも大事ですが、生えてきたものをどう育てるかも含めてきちんと議論し、技術として作り上げていく必要があると思います。)

枝が除去された若木。伐倒木が枝を折って幹が傷つく可能性があったので、カットしたとのこと

 

以上のように、まさにフォレスターと作業員がひとつのチームとなって、恒続林施業は実現しているのです。

 

初日の解説の中でロルフさんが「恒続林は人の信頼関係で実現できる」と言っていたのはとても印象に残っています。

所有者はフォレスターの森づくりに理解を示す必要があるし、そのためにはフォレスターは所有者に対してきちんと情報提供する必要がある。

共通認識を持って、自分の望んだ森づくりを実現してくれるという信頼がある業者にフォレスターは作業を依頼するし、その考えを理解し実現できるように作業員は最大限力を発揮する。

そうした所有者-フォレスター-森林作業員がきちんとつながった先に、恒続林施業は実現できるのだということを話してくれて、恒続林に限らずですが、森林施業とは科学的な技術に加えて、人間関係という非常に社会的な要素を含むものなのかもしれないという風に感じました。

伐倒木の周りの様子

 

 

伐り屑の形状からも技術の高さがうかがえる



 

森林ラボー市民への啓発という観点

2日目午前に訪れたのはチューリッヒ森林ラボ(Waldlabor Zürich、以下森林ラボ)と呼ばれる、研究と普及啓発を目的とする森林施設でした。ここの設立は2019年ということで、日本に出回っている報告も少ないと思うので詳細に説明していこうと思います。

 

Waldlabor Zürich HP

https://waldlabor.ch/

 

まず森林ラボはラボと呼ばれていますが、箱モノの研究所があるわけではなく、実際の森林の中で様々な試験を行なっている実物のラボだといえます。

森林の面積は150haで、所有は州や自治体です。

 

参画団体は以下の6つの団体です。

チューリッヒ森林所有者協会(Wald Zürich)

チューリッヒ林業従事者協会(Zurich Forestry Staff Associationフォレスターもここに所属)

チューリッヒ州(Kanton of Zürich)

チューリッヒ市(City of Zürich)

スイス連邦森林・雪・ランドシャフト研究所(WSL 国の研究機関)

チューリッヒ工科大学(ETHZ)

 

今回案内してくれたのは、森林ラボの理事で林業従事者協会の代表もされているユルクさんです。



このプロジェクトはチューリッヒ森林所有者協会が発起人となったもので、100年間試験林として利用し、長期的な試験が実施できるような施設となっています。

また、様々な森づくりを実施し、それを住民に対して知ってもらうこと(啓発活動)も重要な目的となっています。そのため、この森はチューリッヒ市街地のすぐ近く(チューリッヒ中央駅から約6km)の場所に位置しています。



この森は2019年から手を入れ始めたわけではなく、以前は公有林として管理が行われ、林道や散策路の整備、建物や遊び場などの付帯設備の整備がされており、市民の憩いの場として利用されてきました。

実際、林道ではサイクリングやランニングをする人とたくさんすれ違いましたし、ところどころでいわゆる「森のようちえん」のような団体を見かけました。

サイクリングする人

ランニングする人

アスレッチクで遊んだり火を焚いたり

 

所々で伐採も行われる。椪積みされた近くで遊ぶ子どもたち(写真奥)

 

そのような森林を、より研究的な目的に利用しようと始めたプロジェクトが森林ラボということになるようです。

 

森に親しみの大きい市民でも、林業・森林施業のことを含めた森のことについて詳しいとは限りません。

そうしたことを市民に伝えていき、ある作業がどうしてそのように行われているのかを知ってもらうこと、それが税金を使うことの理解につながるという意識があるわけです。

 

具体的に見た試験林・見本林を紹介します。

 

中林施業(Mittelwald)

中林施業とは、高木層と低木層の2層に分けて、低木層は単伐期で薪炭材として利用し(萌芽更新)し、高木はナラをメインとしてどんぐりを生産させ、家畜のえさにするという森林の利用方法のことです。伝統的な森林施業だそうですが、現在こういう森づくりは行われていないようです。

上層のナラは5~6年ごとにどんぐりが豊作になるので、その際に豚を放牧します。そのどんぐりを食べた豚はブランド豚として取り扱われるそうです。

(「ナラの木の上に一番いいハムが成る」ということわざがあったそうです)

中林施業解説と模式図

上層のナラは林冠疎密度としては20~30%という非常に疎な、空間の空いた状態に仕立てられます。この試験地のナラの目標蓄積量は150㎥/haとのことでした。

中林施業の林相

低層木は萌芽更新

 

また、ナラ一本一本は非常に太くなるので、それは生物多様性にとっても非常に有用です。

そのためこうした林を残していくことは重要だと考えられています。

しかし、市民からは明るすぎる森は伐りすぎているということで不評のようで、そのためこの施業のことやそこに住む生き物の情報を積極的に出して啓発活動を進めているのだそうです。

希少な鳥が観察されたことの解説

 

水の循環研究サイト

森の散策路から少し奥に入ったところに、様々な器具が樹木に取り付けられた試験地がありました。

ここはチューリッヒ工科大学が行っている、水の循環に関する試験地です。

研究サイト

 

雨が降って地面に染み込み地下水を通って川に流れ出るという水の流れ(「青の水の循環」と表現)はよく知られているが、木が根から水を吸って蒸散する動き(「緑の水の循環」と表現)はあまりよく知られておらず、その後者の方を試験しているとのことです。

 

この試験地の年間雨量は1046㎜

(日本の平均雨量は1700㎜ほどなのでやはり少なめ、というか日本が特別多いのですが)

そのうち20%は樹冠遮断などで樹冠に達さず空気中に蒸発します。

地面に到達した水のうち18%は落葉などに阻まれ、地面に沁み込みまず蒸発します。

62%が土壌に沁み込んで、排水されるか木に吸収されます。

 

ツアーチーフの佐藤さんの補足解説によると、この割合は北海道ぐらいだと同じぐらいで、西日本の方にいくともう少し蒸発する割合は大きくなるようです。

 

木は土壌に沁み込んだ水を根から吸って蒸散します。この蒸散によって空気が冷やされ森から都市(街)に流れ出し、街を涼しくしているのですが、その冷却効果は1haあたりホテル80室が年間に使うエアコンの冷却効果に匹敵するとの試算がなされたという解説がありました。

金額に換算すると1年間で25万スイスフラン(約3000万円)だそうです。

ユルクさん曰く「森林所有者としては恩恵を受けている市民にその請求を出したい!」とのこと(笑)

 

この話を聞いたときはへぇ~と思っただけでしたが、見えづらい水の循環というテーマを、こうした切り口で示すことで市民への説得力を増しているというのはとても参考になりました。

 

林道を歩いていると所々集材路が見られた

 

 

気候変動に適応する樹種の試験地

最後に見たのが、スイスでは珍しい皆伐をしてその後に植栽をした試験地です。

植栽試験地

こうした植栽試験地は、スイス中の様々な標高条件で計58カ所かまえられています。

この試験の目的は、気候変動に耐えられる樹種を調べることだそうです。昨年ドイツに行った時も気候変動に関する話は各地で聞きましたが、スイスでも気候変動への対策は非常に重要なテーマとなっています。

2017年から実施し、30年から50年モニタリングする計画にしています。

 

24プロットのブロックが3つあり、プロットごとに同一樹種が4本植えられています。

それぞれのブロックごとに、雨量、気温、降霜日、乾燥日などの気象条件も計測されています。特に後半二つの要素は重要だそうです。

試験プロットの図

まだ始まったばかりなので、学術的な結果はこれからだそうです。

 

 

以上、森林ラボで聞いた話でした。

試験を行ない、民間や市民に普及していくことを同時に行なおうとする意識や、林業業界と研究分野が協働しており、その繋ぎ役としてフォレスターが活躍している様子を見ることができ、個人的テーマのひとつ「現場と学問をつなぐ」に対してヒントを得ることができました。

 

 

まとめ―近自然森づくりは極めて経済的な行為

今回の研修で強調されたのは、「近自然森づくり、恒続林施業は、純粋に経済的な関心ごとだ」ということでした。

 

ロルフさんも近自然森づくりについて初めて聞いたときは、環境保護派の新しい流行りだろうと懐疑的だったようです。

しかし、ドイツの恒続林の第一人者であるバルマ博士に様々な森を見せてもらい、その会計部分も教えてもらうことで、その方法を実践する価値に気付いたそうです(開眼されたと表現していました)。

 

一度の収益や効率性ではなく、トータルの収益、コストを考えること

ハイリスクハイコストハイリターンを狙うのではなく、ローリスクローリターンを狙っていく。とは言え、きちんとリターンも得ていく。

 



 

長く近自然学(森づくりだけでなく、まちづくりや川づくりにも近自然の考え方は応用されています)を日本に伝えてきたコーディネーターの山脇さんからは、「極端なことを言ったら、林業やらないなら近自然森づくりなんてものは考えなくていい」という言葉もありました。

人間が収穫し、利益(恩恵)を得続けるために、自然の力を借りる。

自然の力に任せるのではなく、自然の力を借りつつ、マネしつつ、人間側が考える目的に沿うような方向にもっていく。

 

近自然の重要なキー概念のひとつに「両立思考」というものがあります。

環境か経済かという二項対立ではなく、環境も経済もという欲張り思考。それをしっかり考えていきましょうということです。

 

防災や生物多様性という環境的側面が林業の分野でも叫ばれて久しいですが、環境のためなので経済性を二の次にしていいというのは、持続性の欠けることだというのも多くの人が気付いていることだと思います。

このような急傾斜地。ここでどのように経済と環境(防災)を両立できるか

 

また、極端に走るのもよくありません。

この方法がいいからといって、すべての場所で実践できるわけではないので、状況に合わせつつ、できるところで実践してみる。そしてそれによって起こる変化を観察する。

現状が悪いからと言って、全部なしにしてゼロからスタートするのではなく(林業の「ゼロから」はマイナススタートになってしまいますし)、悪いなら悪いなりに現状を改善することから始めていくことも重要です。

 

「はじめから活動主義に陥るのではなく、まず初めに見て何が起きているか、何が起きるのかを観察すること」という言葉は、日本人には耳に痛い言葉のように思います。

 

森づくりは一度手を入れたら終わりというものではなく、ひたすらに続いていくものです。

なので、現状を観察し、意志を持って手を入れて、その後の経過をさらに観察していく。そうやって時間をかけていくことで、観察の鋭さは強まり、将来予測の確度は高まり、自分の望む森づくりはできていくのではないでしょうか。

 

即行動の時代、答えを求めすぎる時代、待てない時代の中で、こうした態度を取り続けることは難しいかもしれません。

だからこそ、ロルフさんが語った、「恒続林とはそれ自体が意識の持ち方であり、決断である」とはそういうことも含まれる言葉だったのだろうと思います。

 



 

悩ましき問題―本山でどう実践するか

さて、最終的に今回習ったことを地域でどう実践するか。それが問われるわけです。

スイスとは構成樹種や地形、森林現況、フォレスターや行政、人材育成も含めた林業全体の仕組み、マーケットなど様々な点が異なります。そうしたものをそのまま持ち込むというのは無茶な話だというのはだれしも思うでしょう。

 

特に本山町のように、人工林が多い地域では、広葉樹も扱うスイスの森づくりとの差はより強く感じるかもしれません。

 

遠くスイスまで行って学んできたからと言って、目から鱗ウルトラCな方法を学んできたわけではありません。今できることはそれほどトリッキーなことではないと思います。

 

スイスにもひょろひょろの針葉樹単相林はあります。これをどう改善していくか

 

今回習ったことを参考に実践するとなると、まずは路網などの森の基盤整備と間伐だと改めて思いました。

 

路網は、木材を搬出していく上でどうしても必要になってくるので、足りない部分については増やしていく必要があります(路網についても掘り下げられる部分は多くありますが、今回は割愛)。

 

また間伐についても今でもやってるじゃんと思いますが、その間伐の考え方を深みのあるものにしていくために、近自然森づくりの考え方は有効です。

 

例えば、

・作業に入る前にきちんと森の現状を観察して、多角的に評価する時間を取る

・伐る木だけでなく、残す木を意識してみる

・点状に伐るのではなく、少し群状に伐ってみる

・下層に生えてきている高木種をあえて残してみる

 

これらは、普段の作業を少し変えるだけでできることだと思います。

もちろんそこで重要になってくるのは、その森からどのような恩恵を受け取りたいと考えるか(いわゆる目標林型)であり、それに対して今何をすべきかということです。そこが欠けてしまっては、手を入れた後の変化の評価軸がぶれてしまいます。

こうすればこうなるだろうという予測をある程度曖昧でもいいので立てた上で、それに向けた手入れを実践することで、より一歩踏み込んだ間伐作業ができるようになると思います。

一緒に活動していく仲間とは、そのようなことを考えて森づくりできるように一緒に学び合っていきたいと思います。

 

 

そして、何より今回のスイスで得たもの、というより確認できたものは、将来のビジョンとそれに向かう意志、その心持ち、だという風に感じています。

ロルフさんも恒続林に関わり始めて30年で、まだまだ途上だと評価されていました。

 

しかし、今回のツアーを通して、こうした考えでやっていれば、こうした森ができる(同じものになるというわけではない)という、先に見据えるもののイメージ(近自然学ではポーラースターとも表現しますね)がつかめたように思います。

そしてそれはどうしても時間がかかることなので、やりたいのではれば粘り強くつづけていかなくてはいけない。その意志も確認できたように思います。

 

今の変化はごく小さなものでも、先に見据えるもの(ビジョン)が異なれば、数十年後の未来は大きく変わっている。そう信じてやり続けるしかないのです。

 

 

 

 

おいしんご