7/27に、岐阜県高山市で開催された「スイス・フォレスター ワークショップ」(近自然森づくり研究会主催)に参加してきました。
去年の郡上市開催に引き続いての参加となりました。
翌日に開催されたオプションツアーの様子も交えて報告したいと思います。
今回のワークショップでは、これまでと同様「育成木施業の考え方」に加えて、実際にそれを実践するにはどうするかという観点から、伐倒作業も含めてご教授いただきました。
去年の郡上市で行われた様子はこのような感じでしたので参考にしてください。
今年は、おなじみフォレスターのロルフに加えて、森林作業員の2人(フィリップとシリル)も指導に来てくれました。2人は20代ながら現場歴11年のベテランです。
近自然森づくりの考え方
まず始めは森づくりの考え方から。
細かいところは、前掲の記事や浜田久美子さんの『スイスの林業と日本の森林』を参照ください。
ワークショップの冒頭で話されたのは、基本となる3つの問いです。
3つの問い
- 過去-どのようにしてこの森はできたか、施業履歴
- 現在-今見てどのような森か
- 未来-今何もしなければどのような森になっていくか
やはりこれから始まるのだなと、初心に返った気持ちで話を聞きました。
今回のワークショップの舞台になったところは、天然更新してできた広葉樹林でした。中にヒメコマツやヒノキなどの針葉樹も混じっています。斜度も結構あります。道は途中までは車で入れる作業道がついているのですが、途中からは小さな運搬車が入れるだけの幅1~1.5mぐらいの道が入っているだけでした。
ここは所有者さんがたまに来て、薪用に広葉樹を伐って出したりしているようでした。
現在の状況はどうか。広葉樹が多いのですが、その多くが谷側に大きく傾いていて、また樹高のわりに木が細い(形状比が大きい)というのが見て取れました。
それを踏まえたうえで、この森に何も手を加えなかった場合どうなっていくかを考えます。
ロルフの判断は、「このまま手をかけなければ、災害にも脆弱で経済的価値が高まることもなく荒れた森になっていくだろう。育成木になりそうな木もわずかしかない。」というもの。
この森を、林業をやっていけるような経済的価値のある森に人工的に改変していくにはどのようにしてすればいいか。
こうした問いかけをすることで、今後の森づくりの指針ができていきます。
今回は育成木の選木の話もあったのですが、今回新しかったのは更新を促すためのギャップ作りというものでした。ここではその部分を中心に話をしたいと思います。
ギャップを作る場所
まず森全体を見たうえで考えるのが、育成木になるような木があるかどうか。
この現場ではわずかしか見られなかったが、育成木が存在する場合はそれらの成長に有利になるような施業、すなわちライバル木を伐っていくような施業をします。
一方で、育成木が見当たらない、クオリティの低い木が集まっている場所はどうするか。
ロルフの提案は、下層に成長している若木に期待してそれらを育てる施業をするというものでした。そうして森の構造を複雑化することで、恒続林のような林相にすることを目指すのが良い、と。
具体的な方法としては、若木がある程度育っている場所の上木を伐って、ギャップを作るというものでした。
若木もすでに谷側に傾いてはいて、上層木があるまま育っていけば上層木と同様に谷側に傾いていくだろうけど、若いうちに上方から光を当たるように手を加えてやれば、修正して真上に伸びるようになるそうです。できるだけ樹齢の若いうちに手入れをしておくことで低コストの手入れでも済みます。
伐倒木をどれにするかは、育成木のライバル木・サポーター木と同様で、プレッシャーをかけている斜面上部の木を伐ります。逆に斜面下側は木が谷側に倒れるのを支えるサポーター木になっている場合が多いので残しておくそうです。
細かいポイントですが、この現場は積雪が1mほどある場所だったので、切り株のいくつかは高めに残しておきます。こうすることで雪がズレて若木を曲げてしまうのを防ぐことができるそうです。同時に道際に高めの切り株が残っていると運搬車などの走行時に安心感が生まれます。
伐採時に注意するポイント
伐採時に注意するポイントは
この時点で将来性のないものは除いておきます。それもあくまで上層木の枝払いのついでの作業として行います。
スイスの森林作業員はこういうことをいちいち指示されなくてもやることだと習慣付いているため、伐ってはいけないもの、伐るべきものをきちんと判断して下層木の間を処理していきます。またスイスの現場では、フォレスターから特定の樹種を残すように指示されればそれもきちんと判別して残しておくそうです。このあたりにも森林作業員としての知識レベルの高さがうかがいしれます。
またこうしたギャップの作る位置も考える必要があります。ギャップを複数作るとしても、それらの間隔はできるだけ大きく(40-50m以上は)遠ざけるべきだと言います。ギャップを作ってから数年もすると若木は成長し林冠も閉鎖してきます。その時追加で上層木を伐る作業を行うことになるのですが、ギャップ感覚が近いとそれらがくっついてしまうので環境変化が大きく好ましくないということでした。
施業による森の変化をあまり大きくしすぎない、という原則に則った考え方が見られました。
ギャップを作ってからの管理
ギャップも作っておしまいというものではありません。
ロルフ曰く、遅くても3年後ぐらいに様子を見に行く。若木がどのように成長しているのか、もしくは成長していないのか。また残った残存木の変化も見るポイントだと思います。林冠の閉鎖具合はもちろんのこと、場所や残存木の状態によっては風倒木や雪害が出ている可能性もあります。そうした場所では今後のギャップ作りを見直す必要があるかもしれません。
重要なのは、様子の確認をしに行った時に今すぐ作業が必要かどうか、必要でないなら次はいつ頃見に来るか、などをきちんと判断することです。
ロルフの目指す森づくりは「スマートに怠けること」。必要なことを必要最低限行い、最大限自然の力で森を育てること。こうすることで、合理的で低コストな施業ができるという考え方です。
様々な施業の考え方がありますが、ロルフの「自分ならこうする」という提案にはこうしたことが徹底されているように感じました。
針葉樹人工林への応用できるか
今回は広葉樹林でのワークショップになりましたが、これは間伐手遅れの針葉樹人工林でも応用が可能だと思います。
樹冠が枯れ上がり形状比の非常に高い人工林は、中途半端な間伐をしても状態がよくならない場合もあるようです。そういう森に対して、多少の風害は覚悟で思い切ってギャップを作り、更新を図っていくという発想で整備手遅れ林の構造を複雑にすることは可能ではないかと思います。
同時にその中でも安定性の高い木は育成木に対する施業のようなことをして林冠を維持させる。ギャップを作らない部分は塊で残してできるだけ耐風性を残しておく(皆伐時の保残帯のようなもの)という三つのエリアを作って、森林の構造を複雑にしていくことができるのではないかと思います。
間伐と言うと等間隔に伐ってバランスよく残していくという考え方が一般的かと思いますが、そのバランスを意図的に「崩す」という考え方も有効ではないかと思います。
問題はそのギャップがどのようなサイズ・形であれば適当かという部分ですが、風や雪などの気象・立地条件によると思いますし、経験によって分かってくるところなのかもしれません。とりあえず試してみる価値はあるかなと思いました。
広葉樹伐木の方法
今回の現場のように、谷側に大きく傾いている木を伐採する際には裂け上がる危険性があるため注意が必要です。この裂け上がりは「Barber chair」と呼ばれ、裂け上がりが大きい場合伐木作業者の頭上から裂け上がり部分が降ってくるような形になるため大変危険です。
今回のワークショップでは、それが起こらない伐り方が示されました。
裂け上がりが起こらない方法として、受け口を芯(年輪の中心部分)より深くまで作る、というものを教えてもらいました。
傾いている木には、芯を中心として傾いている側に圧縮する力、逆側に引っ張る力が働いています。この圧縮する力が残っているとその部分が梃子のような役割となって裂けを生む原因になるそうです。それを避けるために、芯より深くまで受け口を入れて、残った材に引っ張りの力のみが残るような形にして、繊維が切れていくような形で倒す、というのがこの伐り方の原理のようです。
また、伐木作業の際の注意点、考え方の手順という基礎的な部分も確認がなされました。
木を伐る前にまずその木の評価をする。
腐りはないか
まっすぐなのか、曲がっているのか
危険が見いだされれば、その危険を認識したうえで、どのようなテクニックを使えばその危険が回避できるかを判断する
そうして、伐倒方向を確認し、チェーンソーを入れていきます。
また、受け口を作った時点で、チェーンソーを止め、周囲に呼びかけを行い反応が返ってこなかったら追い切りを始める、という注意点も指摘されました。
スイス林業も以前は事故の多い産業だったようですが、安全教育がしっかり行われる学校を経た者が作業員として増えることで事故も減っているようです。安全教育の成果が統計として出ている、という話も聞くことができました。
実際にフィリップとシリルの2人が伐採、枝払い、玉切りをするのを見させてもらいましたが、入念に事前に相談して準備を行い、お互いの動きを見ながら滞りなく作業していく様子を見ることができました。
スイス・フォレスターワークショップ まとめ
ロルフの話を聞いていて徹底されているのは、「今すべき必要最低限を観察によって見極めてそれのみを行う」という考え方でした。
日本的な施業に慣れていれば当たり前と思ってしまうことについても、それはする必要あるのか?と疑問を投げかけるシーンもありました。
常に、その作業によって得られるリターンを意識すること。リターンが得られなかったり、作業に対して得られるリターンが小さかったりすることはやらないようです。
一見これは経済的な部分のみを追い求めるような考え方に聞こえるかもしれません。しかしロルフが目指すのは「スマートな怠け者」でした。
そのリターンをより大きくするためには自然のメカニズムを理解し、できるだけ自然の力によって多くの収穫物を得られるようにする必要があるのです。
自然を理解し、実施される施業の「生態系メカニズムの中での意味」を認識することが、最小限の作業で最大限の効果を得られるような結果になる、ということがスイスで行われている近自然森づくりの要諦なんだ、ということを今回のワークショップで改めて認識することができました。
オプションツアー:屋根型道づくりと育成木施業地視察
翌日のオプションツアーでは、飛騨の県有林に開設されている欧州式の屋根型作業道と、そこで行われた育成木施業の考えに則った施業地の視察が行われました。
案内人は飛騨高山森林組合の中谷さんでした。
はじめに作業道を実際に見る前に理論的部分の説明
- 路網整備の目的とは?
- 路網に求められる条件とは?
- 道が壊れる原因とは?
- 水、土の性質とは?
こういった理詰めをしていった結果として欧州で開発されたのが屋根型道づくりということになるそうです。
その一番の特徴は「縦断勾配よりも横断勾配をきつくしてその場その場で排水をする」というものでした。
水と土の性質を考えたとき、道から水の影響を除去するためには
- 路外へ速やかに出す
- 一カ所に集めない
- 勢いを弱める
ということが必要で、そのため考えられたのがこの屋根型の路盤でした。
詳しい構造は北海道の釧路総合振興局のHPに載っています。
ここで構造の詳しい説明はしませんが、説明を受けて印象に残ったのは、「林内路網はあくまで森林整備のためのもの」ということでした。
これは一見当たり前のように聞こえますが、中谷さんは「現在の路網開設の多くは開設する側がやりやすいようなものになっていて、本当に森林整備のためのものになっていない」という指摘があって、なるほどと思いました。
例えば横断排水は欧州では暗渠が基本だそうです。一方で日本は路面に盛り上がりを作ったり構造物を出したりする開渠が一般的のように思います。
たしかに開設時にかかるコストは開渠の方が安価です。しかし、走行のしやすさや構造物上での作業の制限などを考えたときに、トータルコストや安全性の観点から暗渠に利点がある、と考えたのが欧州の道づくりのようです。
また、洗い越しを作るような沢部では管径1500㎜にもなるコルゲート管を入れていました。パッと見たときは「これはなかなかお金がかかっているな~」と思いました。当初は洗い越しを考えていたようですが、ドイツのフォレスターの指導のもの、コルゲート管にしたようです。その理由として、「洗い越しにしてしまうと魚等の往来を遮断してしまうため」と「走行のしやすさを高めるため」だそうです。河川生物への配慮も見越した判断とは、驚きです。
また走行性に関しても、開設費が多少高くなっても100年間の森林整備のトータルコスト、ということを考えれば十分ペイできるもの、という考え方のようです。
また、暗渠やコルゲート管には「詰まり」の問題が付きまといます。
暗渠に関しては、緩やかな縦断勾配と多めの横断排水(企画では30~50mにひとつ)によって流速と流量を抑えることで詰まらせるようなものをそもそも流させないような構造になっているようで、年1回のメンテナンスのみで開設してからの5年間(この間豪雨も経験)での閉塞はないようです。
コルゲート管に関しては上流部からの流木によって詰まりが発生してしまったようです。ただ、そのコルゲート管を見たスイス人フォレスターが「これではダメだ」と問題点を指摘。流木の詰まりは受け口の部分の構造によって発生するのであって、受け口を流木が流れるようにしてあげれば詰まりは発生しないのだそうです。
日本では、「管は詰まってしまうからいけない」として嫌がる傾向がありますが、その前に「詰まる枝葉や流木がなぜ発生するのか」という部分を理論的に解明し、構造的に改善するという努力が必要なのかもしれません。
少々細かいポイントに話がいきましたが、今回のツアーで印象に残っている2点を最後に紹介したいと思います。
ひとつは「計画者と施工者が理論を理解していないと完成しない」ということ。こういう新しい取り組みに対して計画者側が理解し設計したとしても、その理論部分まで作る側が理解できていないとどこかしらに不具合が生まれてしまう。計画者以上に施工者がこうした理論をきちんと理解したうえで、現場に応じた対策をしていくことが必要だということが分かりました。
もうひとつは、「作業システムを決めてから、それに適合する路網計画をする」というものです。「道づくりが必要だ」という声はよく聞きますが、なんのための、なにをするための道づくりか、ということまで考えられているのか。
こういう視点は、当たり前のようで今一度本質に立ち返って考える必要性を教えてくれました。
ドイツやスイスでの非常に高い生産性というのは、その生産技術の高さと同時に、地形や路網が作業システムに適合しているために生まれているのかもしれません。一方で、日本のように路網開設は路網開設で、素材生産は素材生産で、という風に森林整備全体がぶつ切りになっているような形では、細かいところで不具合が生じて結果生産性の伸び悩みなどに繋がっているのではないか、とかんがえました。
今回見た事例は道幅4mとかなり広めの森林作業道でしたが、こうした道をつけられる場所は限られるとも思います。ただ、規格は異なっても水の処理や路盤作りの考え方などは、狭い道にでも応用できるのではないかと思います。
あくまで重要なのは、その森林でどのような森林管理が行われるかという前提で、そのために必要な路網・線形はどのようなものか、ということです。
個人的には路網・線形の計画や作業システムの選定といったあたりはまだまだ未学習で、日本でどのような問題点があるのか、どういった新しい取り組みがなされているのか、といった部分はこれからも勉強していければいいなと思っています。
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今回は近自然森づくりに関する考え方に加えて、実際の施業の部分も見せてもらうことができました。去年のワークショップから視点が拡がるとともに、現場で作業する中で考えること、感じることを、近自然森づくりというフィルターを通して考え直すという場にもなったかなと思います。
夜の懇親会ではスイスの現場作業員の方々に直接、スイスの林業だったり仕事内容、労働環境などを聞くこともできました。似たような部分もたくさんありつつ、やっていることの違いも感じられて実際の現場を見たい欲が大きくなりました。
毎年こうして開催していただいて本当にありがたいです。近自然森づくり研究会の皆さま、大変お世話になりました。
あと、大学の同期で現在飛騨農林事務所に勤務しているYくんには、2泊も泊まらせてもらったり運転してもらったりと大変お世話になりました!感謝感謝です!
おいしんご