重松清さんの小説が好きで、ちょこちょこ小説を集めて読んでいます。
作品によっては複数回読んだものもあったり。
そんな中で、昔一度読んだだけなのに妙に脳裏にひっかかっている作品があります。
それは『せんせい。』という短編集の中におさめられている「白髪のニール」という小説です。
(新潮文庫 2011年)
1979年の夏。
1学期の最終日も終わり、バンドの練習に向かおうと帰宅しかけた高校2年生の長谷川は、物理の富田先生に呼び止められる。
富田先生は、いつも白衣を着て、生徒に緊張してしまうような気弱な先生。当時33歳。
ほとんど話したこともない富田先生に呼び止められ、訝しくもありめんどくささもあったが、呼び止められたその理由は、富田先生がギターを習いたいということだった。
富田先生はニール・ヤングの大ファンだった。
もうすぐで子どもが生まれる富田先生は、それまでにどうしても自分の好きなニール・ヤングの曲を一曲でも自分で弾けるようになりたかった。
そこでバンドでギターを練習している長谷川に教えを請うたのだった。
バンド仲間とともに、富田先生をスタジオに迎え入れると、富田先生はそのニール・ヤングのレコードを持ってきて、子どもたちに聞かせた。
ディープパープルやホワイトスネイクなど、当時の若者が熱狂していたハードロックやヘビィメタルとは違う。音も薄く、歌い方もふらふらと頼りない。そんな曲に子どもたちは退屈してしまった。
しかし、富田先生はこれこそがアメリカの魂で、ロックなのだと語った。
「ニール・ヤングは、年を取ることを歌うてくれたんじゃ。それがロックなんじゃ。ロックはロールなんじゃ。キープ・オンなんじゃ。そこがいちばん大事なところなんじゃ。」
富田先生には実は、若いころに革命軍に属していた過去があった。そして今、自分の子どもがもうすぐ生まれる。33歳。
親になるにあたって、ニール・ヤングの曲を弾けることは絶対に必要だった。
生徒の一人に「親になるいうのはどういう気持ちですか」と聞かれた富田先生は、どぎまぎしながらも真剣に答えた。
「親になる責任いうたら、、、子どもが一丁前になるまでは、長生きせんといけん」
「これからはロールじゃ、ロールすることが肝心なんじゃ」
「キープ・オン・ローリング、なんよ」
「止まらん、いうことよ」
「終わらん、いうことよ」
「要するに、生き抜く、いうことよ」
17歳の子どもたちにはいまいちピンとこない。
だけど、先生は続ける。
「ロックは始めることで、ロールはつづけることよ。ロックは文句たれることで、ロールは自分のたれた文句に責任とることよ。ロックは目の前の壁を壊すことで、ロールは向かい風に立ち向かうことなんよ」
じゃけん、
「ロールは、オトナにならんとわからん」
そう言いながら夏休み中ギターの練習を続けて、まだまだ下手なまま先生の練習は終わった。
・・・・
ロックは始めることで、ロールは続けること
これを読んだ当時、ぼくはおそらく20歳ぐらいで、ピンと来たような来てないような。でも、この言葉が、なんとなく頭に残っていていました。
そして最近、またこの言葉がひょこっと顔を出して、いつも以上に差し迫ってくるような気がして、改めてこの本を読んでみました。
ぼくはずっと、続けることより始めること、続かなくてもいいからとにかくなにかにぶつかっていくことを本能的にやってきたように思います。
飽き性で、注意力も散漫で、新しいものにすぐ手を出してはすぐやめてしまう。
それは、そこで散ってしまってもかまわないという、半分投げやりな気持ちもあって。それが自分らしくもあり、清々しくもあったように思います。
でも、30を目前にして、淡々と続けていくことの大事さも最近感じてきました。
続けていった先にしかないもの、とにかく続けていくことでした手に入らなそうなものがなんとなく見えてきました。
それは、これを続けていった先によりよいものに行きつきそうな道と出会えたからで、それはひょっとしたら幸運なことなのかもしれません。
「どうでもいいしっ」ではなく、「とにかくめげずに続けていくしかないよな」と自然と心から湧いてくるようになったのはここ最近で、自分でも不思議だなぁと思っていました。
富田先生がギターを始めたのは33歳。
正直まだまだ自分のたれた文句に責任持つ以上に、文句たれてしまうような感覚は残っているけど、「ロール」の大事さも、なんとなく感じるようになってきました自分もいます。
森に関わっているとよりそうなのかもしれない。
お話の中で出てくる、1979年の少年たちが熱狂したバンドマンは早くに死んでしまい、ニール・ヤングは彼らよりずっと長生きして、ロールし続けているという表現がとても印象的です。
「止まらん、いうことよ」
「終わらん、いうことよ」
「要するに、生き抜く、いうことよ」
それにしても、このお話のラストはなんとも笑えて泣けてグッときます。
たった40ページの短いお話で、ふたつの時間軸を行ったり来たりさせながら複雑な心情をまとめあげるストーリー構成は、改めて読んでも重松清さんさすがだなぁと舌を巻きました。
ロックしてきたからロールできるのだ。
そんな自分にも誇りを持って。
覚悟をもって、ロールできるか。
おいしんご