おいしんごがそれっぽく語ってみた

四国の真ん中、高知県本山町の役場で林業担当をしています。森林のこと、環境のこと、社会のことなど、日々学んだことや考えたこと、感じたことをそれっぽく語っていきます。

土佐本山コンパクトフォレスト構想ができるまで

令和3年度、高知県本山町の森林・林業ビジョンが策定されました。

 

その名も「土佐本山コンパクトフォレスト構想」。

 

林業者だけでなく、観光や教育、まちづくりなどの視点も含めて議論した末にできたこの構想。

その理念に据えられたのは、「なないろの森」という多様な森づくりです。「なないろの森」をキーワードに今後展開していく本構想の策定過程について、私おいしんご個人の視点から書き残しておきたいと思います。

土佐本山コンパクトフォレスト構想の本文は以下のURLからご覧になれます。

本山町森林・林業ビジョンを策定しました/本山町

 

1.町の森林・林業ビジョンの必要性

私は2017年の4月から高知県本山町に地域おこし協力隊(林業振興活動員)として就任しました。

協力隊期間は主に現場作業を重ねながら、林業関係者、地域住民や行政の方との交流を通して、本山町の森林・林業について知り、考えてきました。

 

今後、本山町の林業はどのようになっていくべきなんだろう。

林業者として、どんなかかわり方ができるだろう。

 

協力隊期間中は現場技能の習得で必死でしたがその一方で、こうした大きなテーマについてもなんとなく考えていました。

 

全国の様子を見ると、市町村独自の森林・林業に関する構想やビジョンを策定している地域がいくつか見られました。

私が注目したのは岐阜県郡上市の「郡上山づくり構想」(2009年度策定)と愛知県豊田市の「新・豊田市100年の森づくり構想」(2017年度)です。どちらも地域の特徴や実情をきちんと整理したうえで、我が地域独自のビジョン・構想を策定していました。

 

本山町の状況を見たとき、多くの自治体と同様にこのような地域の独自性を反映したビジョンはありませんでした。

すべての自治体に策定が義務付けられている「市町村森林整備計画」も雛型を部分的に変更したもので(これも多くの自治体がそうだと思います)、やはり地域性が反映されたものにはなっていません。

 

そもそも、地域の森林・林業の実情、データさえも整理されていませんでした。

間伐面積、再造林面積、素材生産量、林業従事者数、それぞれの推移などなど、地域の林業を知るために必要な基礎的情報がまとまっていなかったのです。

 

そんな実情を知っていく中、協力隊活動期間中の2017年-2019年は森林経営管理制度と森林環境(譲与)税の話題がとても大きくなっていました。

 

これまでも「林政において市町村の役割が増えている」というのを書籍などで見聞きしていましたが、さらにそれを強める大きな動きとして上の2つの政策がトップダウンで降りてきました。

 

特に森林環境譲与税は市町村にとって大きな大きな財源です。これを活かすも殺すも自治体の力にかかっている。

しかし、多くの地域がどのように使えばいいか分からない状況だったと思います。多くの市町村には林業の専門職員がおらず、アイデアに欠けるし、そもそも新規事業を始める地力もないのが現状だったと思います(その結果が令和2年度の譲与税使用率が半分に満たないというものに現れていたと思います)。

 

とは言え、お金が来たんだからと言ってただ使えばいいというわけではなく、地域の力を高められるように未来のために適切に活用していかなければならない。

そのためには、これまで地域ではどんな活動をしてきていて、現在がどんな状況で、どんな未来を見据えるか、そうした議論の末に活用方法を考えないといけない。

 

このように考える中で、ビジョン策定の必要性を強く感じました。

 

 

市町村林務職員になる

協力隊3年目、2019年の秋ごろに町の林業専門職員の募集がありました。町もこうした大きな動きに対して専門職員を置くべきだという考えをしてくれたようです。

 

その面接の際には、担当課長および職員に対して、「まずはビジョンを作らないといけないと思います」と提案させていただきました。自分が行政の中の人間になったら、このビジョン作りを一番の目標にして活動しようと思っていました。

 

こうして2020年4月から、本山町役場まちづくり推進課の林業専門職(会計年度任用職員)としての職を受けるました。

 

はじめは慣れない行政の仕組み、仕事の中で、とりあえず与えられた作業をこなしていく日々でした。議会がいつやってるかも、予算がどう決まっているかも知らないような状況だったので日々の職員の皆さんの会話が新鮮でした。受ける6月ごろに町長が変わったタイミングで、職員異動が行われました。林務担当の職員さんも変わり、そのタイミングで森林環境譲与税の使途について、色々と提言させてもらいました。

新しい担当も「森林環境譲与税を積極的に使っていこう」という非常に前向きな方だったので、提案しやすかったです。

その提案のメインとして、ビジョン策定の話を持ち出しました。そのころは県内でも仁淀川町がビジョン策定業務を始めていてい、本山町も遅れずにやっていこうとなりました。

 

2020年度は自分も入ったばかりだったし、担当も変わったばかりだったので、これまでの業務をこなしながら県にも相談しつつ準備を進めました。

また、町内関係者が集まって主に譲与税の使途を協議する「本山町林業活性化推進協議会」(以下、協議会)も2019年度から始まっていたので、そちらでもビジョン策定の提案をして意見を募るなどしました。

 

そして年度が変わった2021年4月、ビジョン策定業務の委託業者を選定するプロポーザルを実施しました。

選定の結果、古川ちいきの総合研究所さん(所在:大阪府大阪市 以下、古川総研)にサポートいただくことに決まりました。

 

古川総研さんは以前から本山町内の業者との関係も深く、また何より、単に林業振興という枠だけでなく、まちづくり、地域振興という大きな枠組みの中で未来の森づくりや林業、木材や森の活用を考えていこうという視点は、とても魅力的でした。良い業者さんと一緒に仕事ができるなと期待が膨らみました。

 

森林・林業ビジョン策定委員会がスタート

こうして6月に役場と古川総研さんとによるキックオフミーティングを経て、7月に初回の「本山町森林・林業ビジョン策定委員会」が始まりました。

 

委員の選定に関しては、前身となる協議会のメンバーに加え、林業以外の関係者として商工会長、観光協会長、そして地元の嶺北高校から2名の高校生にも参加してもらいました。高校生の参加については協議会でビジョン策定について提案した際に、協議会メンバーから出た提案でした。

この高校生の参加というのは、策定委員会スタート当初はそれほど大きなものとして認識してはいませんでしたが、後々この策定委員会には欠かせない要素となっていきます。

 

以上のような委員選定によって策定委員会がスタート。

各回、委員の皆さんに事前に取り組んでもらうワークシートを元にディスカッション中心で進められました。

本山町の魅力発掘から始まり、未来から逆算して今必要なこと、本山町の未来の森林ゾーニング、強み・弱みの分析などなどを行いました。

 

また、会議室の中にとどまらず2度現場視察を行いました。

1回目は町内の林業事業体である川井木材さんの皆伐現場。タワーヤーダによる効率的な生産システムと、木材を高く販売する直送システムについて説明がありました。

2回目は、本山町に移住して小規模林業に取り組んでいるヤドリギの川端さんが間伐した山林。夫婦で行う林業の魅力や山への想いを語っていただきました。

こうした現場視察も通して、委員の皆さんに町内で取り組まれている林業の事例を知ってもらえたと同時に、林業には大小それぞれの形があって、それぞれにメリットがあるという共通認識を持ってもらうことができました。

 

このように委員会で皆さんの想いをやり取りする中で、委員それぞれが描く本山町の未来がだんだんと見えてきました。

 

それがひとつの形として表れたのが「なないろの森」です。

 

本山町には木材生産をする人工林だけでない、様々なカタチの森があり、またこれから作り出していく森にもいろいろな森のカタチが求められている。そうした委員それぞれの想いを汲んで、神聖の森、清流の森、継承の森、更新の森、恩恵の森、燃料の森、童心の森という7つの森のカタチが見えてきました。

 

なないろの森をつくり、多様性と可能性を

 

これをこのビジョンの理念としました。

土佐本山コンパクトフォレスト構想p20-21より

 

ビジョンの名称として様々な案が出されましたが、その中でも委員の中で共感性が高かったのは、「本山町は非常にコンパクトにまとまった地域である」という認識でした。

ここから、「日本で最もコンパクトな町と、なないろに輝く森林を、多様な人と関わりながら拓いていきたい。そして、この地域での豊かな暮らしを未来へと紡いでいきたい。」 

そんな想いを込めて、「土佐本山コンパクトフォレスト構想」という名称が生まれました。

 

副題となる「日本最狭&最強の拓かれた森に包まれて」は、高校生委員から「最強の森っていうインパクトのある言葉を入れてはどうでしょう」という提案があり、そこからコンパクトフォレストと掛けて、最狭&最強という言葉で表現しました。

 

 

また、このビジョンを広めていくためのシンボルマークも作成されました。

これは、委員の一人であり、以前からデザインのお仕事もされていた川端さんに作っていただきました。町の要素をイラストで表現し、それをなないろの森を表す7色の円で囲むというデザインになっています。

構想のシンボルマーク

 

本構想第5章にあたる基本施策も、委員会で出た様々な意見を拾い上げ、整理して、作り上げました。

整理している中で、正直こんなに施策を進められるのか?という疑念が膨らみましたが、どれをとっても不可欠で、少しずつでも進めていかなければならないものでした。

正直なところ委員からも「無理なのでは」という声が上がった項目もありましたが、前向きに進めていこうという委員会総意を込めて意欲的な目標を掲げることとなりました。

 

以上のような経緯を経て、令和4年3月に「土佐本山コンパクトフォレスト構想」が策定となりました。

 

構想本誌の策定秘話としては、誤植やデザインの細かい修正について、夜も休みも関係なしに何度も古川総研さんとやり取りをしました。かなり細かい注文もさせてもらったので、正直難しい(ややこしい?笑)顧客だったと思いますが、おかげで自分たちも納得のいく本誌ができましたし、全国から多くの反響をいただくようなものになりました。

 

 

作りましょう!と提案した当初はどんなものができるか想像もできていなかったですが、想像以上に素晴らしいものになりました。

 

なにより、委員の皆さんから出された率直かつ素直な意見がこのビジョンの根幹を成しています。

 

そうした意見を各委員会で引き出し、丁寧にまとめ、素晴らしいデザインで表現していただいた古川総研さんにも大変感謝しています。

「なないろの森」が提案されたとき、委員の様々な意見を、みんなが魅力的に感じる言葉にまとめ上げられていて、「言葉の力」というものを再確認しました。

 

「土佐本山コンパクトフォレスト構想」これからの展開

ビジョン、構想、計画。どれも作って終わりではなく、作ってからが始まりです。これをどう実行していくかが一番肝心です。また、これを大きなムーブメントにしいくためにも、広報にも力を入れて理解者、共感者を作って人の輪を広げていく必要があります。

 

古川総研の代表である古川さんから言われた「ビジョンは育てていくものだ」という言葉がとても印象に残っています。

ビジョンは、頑なに従い縛られるものではなく、ビジョンを通してその時々を見直し、そこからできた新しい状況や仲間によってビジョンが逆照射されることで、ビジョンの新しい可能性が見えてくる。

そんなビジョンとリアルの間を交差しながらビジョンが達成されていくというイメージが湧いてきます。

 

その意味で、ビジョンは単なる計画ではなくひとつのツールとしての役割も見えてきました。

ビジョンを大きなテーブルに見立てて、色々な関係者を巻き込んで、共通の理解のもとに話をする「場」ができたと言えます。地域内関係者の連携のためにもビジョンが必要だったというのは、ある意味副産物でしたが、大きな気づきとなりました。

 

令和4年度からは実行部分を検討する「なないろの森推進委員会」を設置して、議論と活動を進めています。

次号は令和4年度の取り組みについて、紹介していきます。

 

 

おいしんご

 

しつこいですが、土佐本山コンパクトフォレスト構想本文はこちらから。

本山町森林・林業ビジョンを策定しました/本山町

 

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※ここで書かれた意見や考え方は筆者の個人的なもので本山町役場およびなないろの森推進委員会とは関係ありません。