おいしんごがそれっぽく語ってみた

四国の真ん中、高知県本山町の役場で林業担当をしています。森林のこと、環境のこと、社会のことなど、日々学んだことや考えたこと、感じたことをそれっぽく語っていきます。

アーボリスト基礎講習を受講して感じたこと

先日、アーボリストトレーニング研究所(ATI)主催のアーボリスト研修を受けました。

森林の中で行う林業とはまた違う、だけど木と向き合う仕事としてはとても面白そうな樹上伐採についての基本を学ぶことができました。

研修の内容については細かいところも出てくるので振り返るということはせず、研修を通して林業をする上でも学びになった点を語ってみたいと思います。

 

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アーボリスト、ATIとは

「アーボリスト」という言葉を聞きなれない人も多いと思います。

アーボリストとは、個別の木の剪定や管理をする人のことで、特に高木に対して行うことが特徴的です。そのためその作業の多くはロープなどを使って木に登って行います。

樹上伐採や特殊伐採といった表現のされ方もあります。

 

車が入る現場などでは高所作業車やクレーン車などを使う場合もありますが、そうでない場所で高木の剪定作業などを行う場合、どうしてもロープで登ることが必要になってきて、その際にアーボリストの技術が必要になってきます。

 

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このようにロープを使って上る

作業として、「剪定や管理」と表現しましたが、アーボリストの仕事は木に上って切るだけではありません。その木を上から観察して木の健康管理・治療をしたり、種を取ったり、生物調査をしたりと、木に登れるからこそできる作業も多くあり、そうした作業も含めてアーボリストだそうです。また、木に上る技術を活かして、レクリエーションのツリークライミングのガイドとしても仕事にしている人もいるようです。

 

そして、そのアーボリストの技術研修や資格試験を取り行っているのがATIです。

アーボリスト業界には国際機関であるInternational Society of Arboriculture(ISA)があります。本部はアメリカですが、現在50か国に支部があり、2万人以上の会員がいます。世界中の樹上作業に関する情報が集められ、技術や安全に関する研究成果等が紹介されています。また、ISA公認の資格も用意されていて、資格試験に合格した者はISAお墨付きのアーボリストとして働くことができます。

 

日本の機関であるATIは、そのISAが認める国内唯一のアーボリストトレーニング組織です。そこで行われる認定資格試験はISA推奨であり、合格者は世界基準の知識と技術を認められるということになります。

 

そんな世界水準のアーボリスト講習。今回は4日間に渡って、木の下で作業するグランドワーカーの基礎講習と、アーボリストの基礎講習Level.1と2を受講しました。

 

アーボリストトレーニング研究所のHP

www.japan-ati.com

日本支部であるJAAのHP

jaa-arbor.com

 

ここからは、講習を受けて林業と野から見の中で重要だと感じた2点を語ってみたいと思います。

 

樹木に対するアーボリスト的観点

 ぼくが初めに興味深く思ったのは、アーボリスト的な木の観方です。

アーボリストが仕事をする際、まず初めに対象となる木と非常に長い時間向かい合います。はじめの見積もりから始まり、作業プランニング、実際の作業まで、一本の木をじっくり見ながら作業をしているな、というのが見受けられました。

登る際にもどの枝を使うか、傷や腐れはないかなどをじっくり見ていきます。

 

作業内容にもよるのですが、たとえば剪定するとなると、その木を活かすための作業になります。その木がより活発になるには、より美しくなるにはどうすればいいかを考えます。

収穫が基本の素材生産とは考え方がまったく異なります。

最終的に元まで伐り切ってしまうにしても、どの枝からどのように伐っていくかなど、一本に対して長い時間かけて考えていきます。

 

山での林業はどちらかというと、森林全体の管理というかんじで、一本一本と向き合う時間的長さや考える事項などはずっと少ないように思います。

しかし、同じく木を扱う仕事としてはこうした見方というのは絶対必要だと思います。

林業もただ伐るだけが仕事ではなく、皆伐でない限りは残す木のために作業をします。その残す木というものには、アーボリストと同じぐらい熱心な眼差しを向ける必要があるのではないでしょうか。

 

最近興味を持って勉強しているスイス林業を参考にした近自然森づくりでは、将来木施業を推奨しています。そのためには面的管理というよりは単木管理が基本となる。そうなると、将来木をどれだけ観察できるか、ということがとても重要になってきます。

 

職業精神として木一本一本と向き合うという行為ができるかどうか、またどれだけ多くの見方ができるかという観察の多角化という意味でも、木をに対するアーボリスト的観点があるということはとても参考になりました。 

 

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上る前に木を観察する講師陣

 

理論化された技術と安全

樹上伐採は非常に危険な作業を伴います。

木の上にロープで上るだけでも十分危険な部分はありますが、それに加えて樹上でノコギリやチェーンソーなどの刃物を用いた作業を行います。また、ロープクライミングを用いての樹上伐採は、木の下に建物などがある場合が多く、伐った枝などをそうしたものにぶつけないようにコントロールして下す技術も必要になってきます。

そのため、アーボリストの世界では安全で高度な技術がきちんと分析されて、確立されています。

それを教える機関としてATIがあり、資格制度がある、というわけです。

 

講義の中で「計算されたリスク」という表現が使われていました。

作業をする以上、危険な行為をゼロにすることはできない。時には多少のリスクを覚悟で作業する場合もあるかもしれません。

ただそのリスクを予測可能な、計算されたものにすることはできるし、そうすることで危険な作業をしても事故をゼロにできる。

決められたやり方、手順、約束を守れば事故をできる限り0に近づけることができる、それを教えてくれるのがISA基準に沿ったATIの講習でした。

 

安全な技術が体系化されている。

それをきちんと教える教育体制がある。

それを確実に理解し実行できおしえることのできるレベルの高いトレーナーとなるための資格制度がある。

 

こうしたことは林業界にも絶対必要な技術教育体制だと思います。

海外の林業を見ると、林業技術者に対する体系だった教育システムと資格制度があります。それが高い技術と安全性を生んでいます。

日本でも、安全教育制度や技術者研修はありますが、体系だったものになっているかと言われると疑問が残ります。またそこで教えられた安全基準が現場で守られているかについては、より疑問が残ります。

それは、安全で確実な技術に対して、なぜそうすべきなのか、そうすることとしないことの差はなにがあるのか、といったことが理論的に説明されていないからなのかもしれません。

もちろん高い安全な技術を支える資格制度はありません。

そんなことよりも、どれだけ多くの量をどれだけ速く出せたかで優秀さが問われる業界が今の日本の林業界、と言っても間違いではないと思います。

 

「一に安全、二に仕事の質、三に効率」と、効率も重要だけど、それは安全と仕事の質の向上を求めることで十分得られるものでそれらを犠牲にして得られるものではない、ということを学ぶことができました。

 

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基本となるロープワーク

また、こうした教育体制はなにより作業者の誇りの基となっているように感じました。

 

今回来られた講師の方々と話していると、「自分たちはISA基準の技術を学んだアーボリストである」という認定アーボリストとしての誇りが感じられました。

樹上伐採業界の中にも、これに外れて独学で業をしている方もおられるようで、見積もりの際に大きな差ができることがあるようです。業者にもよるでしょうが、作業の質や安全性を犠牲にしている面もあるのではないでしょうか。

しかし、そうした業者がいたとしても、結局は自分たちのような確実で美しく安全な業者に仕事は回ってくる、金額に差が出たとしてもそうした部分で認めてくれる顧客はたくさんいる、という話を聞くことができました。

 

海外の林業作業者は、社会的地位が高く誇りを持って仕事しているという話をよく聞きますが、こうしたレベルの高い教育体制が背景としてその誇りは生まれるのかな、と思いました。

 

いずれにしても、林業界の安全意識、技術をもっと高めていくためには、確立した技術体系と、それを理論的に教える教育体系が必要で、そうした部分でもアーボリスト業界に学ぶ点はすごくたくさんあるなと感じました。

 

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様々な上り方や樹上作業を学ぶ

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今回の講習では、近くは愛媛から、遠くは東京、愛知、岡山など四国外から講師の方々に来ていただきました。

ATIの講習は全国各地で行われていますが、引っ張ってくる人がいないと実現できないようで、四国で行われるのはとてもレアな機会のようです。

それを地元本山町で開催できたというのは、引っ張ってきてくれた先輩の川端さんと講師の皆さまに本当に感謝しかありません。

非常に質の高い講習を受けることができ、貴重な経験になりました。ありがとうございました。

 

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おいしんご