先日、徳島県の自伐林家・橋本光治さんの山林を見学させていただいてきました。
高齢の人工林、天然林に圧倒されましたし、橋本さんご自身から高密度路網を主軸に置いた長伐期択伐施業による林業経営についてご教示いただきました。
今回はそんな橋本山視察ツアーを振り返ってみたいと思います。
橋本山林は、徳島県は那賀町にあります。ご自宅を取り囲むように、約110haの山林を所有しています。
100haも越えると大山林所有者のように聞こえますが、那賀町は木頭林業地域と呼ばれる昔からの伝統的な林業地域で、大山主の多い地域のため、このあたりでは100haはそれほど大きい森林所有者ではないらしいです。
また、昔からの林業地というだけあってその歴史も長く、橋本家の林業経営は明治にまでさかのぼります。そのため、100年生を超える人工林も残っているわけです。
その森づくりの伝統と素晴らしさが認められて、1989年に林野庁長官賞、1996年には朝日森林文化賞、2016年には内閣総理大臣賞、2018年には旭日単光章を受賞しています。全国でも稀有な林家さんだということが分かります。
現在は息子さんの忠久さんが継いで、奥さんの延子さんを含めた3人体制で経営・施業をしているそうです。
初日はその忠久さんが、二日目は光治さんと忠久さんのお二人で案内していただきました。
橋本山の概要
110haのうち、90haが人工林、20haが天然林です。しかし天然林と言っても、スギ、ヒノキやマツ、モミなどが優占する場所もあり、そこは高齢の針葉樹人工林にも見えるような林相になっています。
また、尾根部や林縁部分は天然の広葉樹林のままにしておくことで防風林の役目を持たせていました。そうした部分にはシイやカシなどの代表的な照葉樹が見られました。
高密度の作業道
橋本さんの森林・林業経営の最も大きな特徴であり、かつ生命線と言えるものが、高密度につけられた作業道です。全体で32km、haあたり287mという高密度な作業道が敷設されています。
また、この作業道はすべて幅員が2~2.3mと必要最低限の幅員で作られていて、切り土高をできるだけ高くしないよう(原則1.4m以下)に意識されています。また、大橋慶三郎さんの指導のもと、最適なルートで開設されているため、自然になじんだ道づくりができています。その結果、開設後30年以上が経過した道も崩れることなく安定した形を維持しています。
下層木の発達
ぼくが視察していて気になったのが、下層木の発達度合いです。スギ・ヒノキ林の中に、結構大きくなった広葉樹やスギ、ヒノキ、モミなどが生えていました。
忠久さん曰く、広葉樹、特に落葉広葉樹も素性のいいやつは伐らずに残しているそう。経営方針に「針広混交林の山づくり」を掲げている通りに、広葉樹も太らすことで林内環境を良くし、生物多様性を高めようという狙いのようです。落葉樹は冬に葉を落とすので真っ暗にもならないし、落葉が肥料にもなる、ということも話してくれました。
また、所々スギやヒノキの下層木が集まっている場所もありました。それは以前に複層林を目指して植栽したものでした。非皆伐を目指すうえで、更新の問題(将来的に上層木がなくなったときにどうするか)はついて回ると思います。そのための実験として林内に植栽を行ったようです。
ただ、生えているものは胸高直径で10cm前後、樹高も7,8mのものばかりでしたが、これで30年生ぐらいという説明を受けました。やはり光量の不十分さなのか、成長不良は否めませんでした。
しかし、観察によるとこれらも光環境が良くなるとぐーっと伸びる場合もあると言います。現に天然のヒノキやスギの年輪の初期部分が非常に密に詰まっていることを考えると、それらは林内でも細いまま、十分な光量が得られるまで耐えているのかもしれません。
皆伐-再造林と同様には植栽木の成長は考えられませんが、それとは異なるより長期の視点でもって下層植栽木の成長が期待できるのではないかと思います。
また耐陰性の針葉樹としてのモミについての期待も話していただきました。極相状態の構成樹種として考えられるモミは耐陰性があり、林冠がうっぺいしていてもある程度成長が見込めそうだと言います。実際10m近くになる天然更新したモミがありました。これらもいずれは上層部が開けないと成長は続かないと思いますが、更新木としては期待できそうです。
弱度間伐
橋本さんの間伐の特徴は弱度間伐です。一般的な割合が3割なのに対して、1.5~2割ほどの弱い間伐を行い、木をたくさん残しておくことを間伐方針としています。こうすることで、高齢になってもしっかり木が残っている森を作ることができます。
橋本家のみなさんが口をそろえておっしゃっていたのは「伐るのはいつでも伐れる」ということです。後になってもう少し伐ってもよかったかもと思ったら伐り足せばいい話で、伐ってしまったものを繋げることはできない、迷ったら伐らない方がいい、ということを仰っていました。
これも、路網が整備されていて常にそこにアクセスできる環境が整っているからこそできることだなぁと思いました。
一回の間伐率を少なくする理由は、風害対策のためという側面もあります。間伐率が大きく樹冠同士の距離が空くと間伐後すぐは風害の危険性が高まります。こうした意識は、特に四国や紀伊などの毎年強烈な台風が上陸する地域の林家さんには共通して見られる経営的特徴だと思います。
小考察:長伐期化と大径材問題
橋本さんの森林と林業経営は全国的にも認められる優良林家でありますが、材価低迷の影響は他と同様に受けています。特注材などもないわけではないが多いわけではないらしく、一般的な木材市場への出荷が基本です。そのため10,00~12,000円と、他と同じ条件で材を生産しなければならず、少ない間伐量で、すなわち出材量を抑えながらの経営はそれほど楽天的なものではないようです。跡継ぎの忠久さん自身も「今は辛抱の時期」と仰っていました。
高齢林を多く抱える橋本山林ですが、それも喜ばしいことばかりとは言えません。
現在の木材市場は一般的に、大径材(だいたい末口直径30㎝以上)に高い値が付きにくくなっています。近年増加している大型製材工場は大径材に対応した製材機械を持っておらず、そうした商品に買い手が付きにくくなっているからです。
樹齢が高いから、太い丸太だからといって高く値段が付くわけではない、というのは現在の林業問題の一つと言えるでしょう。
橋本山林の齢級構成を見ると、およそ100haが11齢級以上、55年生以上だそうです。このまま非皆伐の択伐施業を続けていくと残っている10齢級以下の森林も高齢化していきます。そうした時に、経営方法、生産量に関する変化をどのようにしていくか、ということは大きな経営問題になるでしょう。これは、非皆伐の超伐期択伐施業を目指す自伐型林業に付きまとう問題だと思います。
一定の、例えば150年ぐらいで思い切って皆伐や傘伐・群状択伐のような形で更新を促すような施業をし森を若返らせるか、大径材を高く買ってくれる売り先を見つけるとか、自家製材して一枚板のような商品で売り出すとか、はたまた木材生産所得は減少しても別の方法(レクリエーション的利用など)で森林から収入を得るか、など様々考えられると思いますが、あくまで皆伐を避けて林業経営を続けていこうと志向するなら将来にこのような選択が迫られるのではないでしょうか。
もちろん、将来的に木材市場がどう変化するかは予測できません。大径材需要がそれなりに発生するかもしれないし、広葉樹材の需要が高まる可能性もあります。いつまでスギ、ヒノキ市場が長続きするかはその時になってみなければ分かりません。
その意味では、時代の変化に対応できる多様な商品、材をストックしておくというのは合理的な発想だと思いますし、だからこそ橋本山林のようにスギ・ヒノキ以外の樹種が育っている森林は経営の柔軟性は高いと言えるでしょう。
--------------------------
以上、視察の様子とちょっとした考察を述べさせてもらいました。
橋本山の標高の高いところには、高齢の針葉樹が優占する天然林が依然として残っています。昔はその面積も多く残っていたそうですが、先代の時に業者に頼んだ結果良木がすべて伐られてしまったそうです。その時伐られなかった一部が今も残っています。天然のスギ、ヒノキ、モミ、マツなどの大木が文字通り林立しており、その存在感は圧倒的で感動を覚えました。
もちろん、人工林部分も高齢であり、また合自然な形で整備されているので美しく、人間の手でこんな森が仕立てられるんだと思うと、とてもロマンのあることだなあと感じました。
橋本さんの森は、歩くとなんだか歴史ある森林公園を歩いているようで、森林浴としても非常に楽しい森です。これも作業道あってこその楽しみ方だなと思います。
今回は本山の林業仲間2人と一緒に視察させていただきました。
宿泊も、所有林そばに建てられている小屋で泊まらせてもらい、併設してある五右衛門風呂と晩ご飯をいただいて、お酒を酌み交わしながらとても楽しい夜を過ごすことができました。次の日の朝ご飯とお昼ごはんまでいただいて、本当によくしていただきました。
大変充実した視察ツアーになりました。
橋本家のみなさん、本当にお世話になりました。ありがとうございました!
おいしんご