新歓時期ですね。
ぼくは4年なのですが、ちょろちょろ新歓にも顔出して新入生と話す機会もいくらかあります。
そこで感じる、新入生独特のキラキラ感。
これはどこから生まれているんだろうと、素朴にも思ってしまいました。
若さなのか。
いや、中には多浪して年がそんなに変わらない人もたまにいます。そもそも3つ4つしか違わないのに若さも何もないでしょう。
そこなことを考えていて、なんとなく思った、仮説じみたことは、「新しいことへの踏み出し」によるキラキラ感なのかもしれない、ということです。
1年生はこれから大学生活という新しい時間が始まります。大げさに言えば、未知の世界に踏み出してきたのです。
これからどんなことが始まるだろうか。
どんな友達ができるだろうか、どんな先輩ができるだろうか。
部活はどんなのがあるだろうか、勉強はどんなだろうか。
色んな分からないこととか、経験したことのないことが起こります。
それに対峙したときに出る、特有の緊張感とか期待とか、そういうのがキラキラ感として出ているのかもしれない。そんな風に感じました。
その点ぼくのような4年生には一種の“慣れ”があります。
慣れほど怖いものはない。緊張感の欠如。変な安心感。
そこにあぐらをかくようものなら、惰性でしか過ごせなくなってしまいます。
先日、NHKの「SWITCHインタビュー 達人達」という番組を見ました。
色んな分野のプロフェッショナルや達人が対談するという番組です。
先日見たのは、104歳の医師・日野原重明と103歳の美術家・篠田桃紅という長寿スペシャルでした。お二人とも100歳を越えても精力的に活動していらして、なんとも不思議で、でも感動的な対談でした。
そこでの日野原さんの話は、今回に通ずる内容でした。
それが「毎年何か新しいことを始める」ということでした。
例えば、何歳から始めたか忘れましたが、俳句を始めてみたり。とにかく新しい世界に踏み込んでみる。未体験のことをやってみる。これが生きがいになるし、長生きの秘訣だとか。
新しいことを始めるということは、今までとは違う自分を見つけるということ。今まで自分が受けていた刺激とは違う刺激を受けるということ。そういった環境に身を置くことは、変な言い方をすると、自分の身を削ることになる。簡単にいうと疲れる。それなりの労力を要します。
しかし、そうしてきちんと命を使うことで、生命力みたいなのが発せられるのではないでしょうか。それはまさに、摩擦によって火花が散るようなものです。
慣れた環境に安住していては、人生をただ通り過ごさせてしまいます。
新しい環境、世界に身を置く。
手っ取り早いのは、行ったことないところ、例えば海外とかに行ったり、引っ越ししたりしてみる。そうでなくても、日野原さんのように、新しいことを始めたり、新しい団体に属してみる。
意識的にそうすることで、自分のずっとキラキラ状態で過ごせるのだろうと思います。永遠スター状態です。最強です。
ぼくはこの4月から援農ボランティアを始めます。農業体験したいし、府中のボランティア活動に従事してみたいしって感じで紹介してもらいました。
大きなことでなくていいと思います。毎朝ランニングするようにしてみる。ドリップのコーヒーを飲むようにしてみる。ブログを書き始めてみる。
そんな風に、これまでの毎日に自分から刺激を与えていく。
そんな風に人生を織りなしていければ、素敵だなぁと、思います。
おいしんご