読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おいしんごがそれっぽく語ってみた

四国の真ん中、高知県本山町の地域おこし協力隊(林業振興活動員)として活動しています。森林のこと、環境のこと、社会のことなど、日々学んだことや考えたこと、感じたことをそれっぽく語っていきます。

就職活動ってもっと柔軟に考えられないか―自分の人生の選び方

4月になりました。

一浪のぼくの高校のころの同級生は今日から社会人生活をスタートさせています。

また大学4年生になるぼくの大学の同級生は就職活動に励んでいます。

 

そんな時期なのもあって、ここ最近就職、もっと言うと「働く」ということについて友達と話す機会がよくあって。

ぼくはいわゆる「就職活動」をしていないのもあって、色々考えるところがあります。

そこで考えたことをつらつら語ってみたいと思います。

  

1.収入とか忙しさに重き置き過ぎではないか?

まず強く思うことがこれです。

 

自分のやりたいこととか、使命感を感じられる事柄を持っている人がいます。

例えば福祉とか、環境保護だったり、教育支援だったり、ぼくのような一次産業志向とか。

でもそれは収入が低かったり、休みも不定期だったりと、職として安定してないという理由で、多くの人がそこに踏み出せずにいるように思います。

 

もちろん収入とか労働環境は、働くうえでとても重要な要素だとは思っています。超単純に言えばお金を稼ぐために働くんですし。そこはまったく否定する気はありません。

ぼくもまったくお金が稼げそうにない分野に踏み出すほどの勇気はありません。

 

でもそればかりに重きを置きすぎて、ハナからそれを選択肢に外している人の話を聞いていると、ちょっと残念だなと思ってしまいます。

 

例えば上であげた環境保護や支援活動をやろうとすると、NPOとかNGOとかって形になって、それを自分で作るかそういう団体に入るということになるかとおもいます。

でも一般的にNPOとかNGOは、営利を求めていないというのもあって、低収入だと言われています。また休日も返上で働いて、かなり忙しい、それこそブラックと言われるぐらいのところもあると思います。

そういうイメージとか一般論が先行して、「その仕事は魅力的だし充実してそうだけど、現実的なことを考えたら厳しいよねぇ…」と言って選択肢から外してしまう。

 

でもぼくからしたら、「え、なんで!?」と思ってしまうわけです。

 

 

2.実践者が支えになる

そういう話を聞いた時にぼくが思うのが、

「じゃあ実際にそういう仕事とか生き方をしてる人はなんでそれを続けていられるの?」

ということです。

 

1998年にNPO法ができてから、日本にもたくさんのNPOができています。

内閣府のHPによると全国に50,822団体が法人として認められているそうです。

(https://www.npo-homepage.go.jp/)

環境保護活動をしている人。ホームレスや貧困家庭といったいわゆる「社会的弱者」を支援する取り組みをしている人。町おこし、まちづくりを行っている人。エコな生活を実践している人。

先日お世話になった「くりこま高原自然学校」も、一般社団法人というもののようですが、似たようなものだと思います。

 

実際にそういう活動をしている人が全国各地にごまんといるわけです。

それなのに、それでは生活ができないって、何を根拠に言っているのか分かりません。

それでは生活はできても子どもを十分に養えないと言う人もいるけど、そりゃ贅沢はさせてやれないのかもしれないだろうけど、そうしてお子さんを立派に育ててらっしゃる方もたくさんたくさんいます。

 

先日のプロフェッショナルでは国際災害ボランティアとしてNGO活動をしている人が紹介されていました。その人は市民からの寄付金などでなんとかやりくりしながら、一年中世界各地の被災地を巡って支援をしています。本当に素晴らしい活動をしていて、理念も素晴らしくて、強く強く心打たれました。

www.nhk.or.jp

でも、ぼくもその放送を見ながら、「これは結婚はさすがに諦めてるんだろうなぁ」と思っていたのですが、放送中にご家族と話すシーンも出てきて、お子さんも二人いらっしゃいました。

一般家庭より大変なことは多々あるだろうけど、そうして生きて、生活している人もいるわけです。

 

そういう、個別具体的な部分を見ずに、一般論で表面しか見ずに、それじゃやっていけないと判断を下すのは、なんとも残念でならないのです。

 

 

3.やりたいことがあるなら飛び込んでみる

上のような個別具体的な部分を知るためにも、なにかやりたいこととか自分の理想みたいなものがあるのなら、そういう活動をしている人のところに飛び込んでみるべきだと僕は思います。

 

例えばぼくは自然学校という、自然の中での体験を通した教育というのに興味があったけどそこでどんなことが行われているのか、またスタッフの方々はどういう生活をしているのか、分からなかったので、それを知るために「くりこま高原自然学校」にお世話になりに行ってきました。26泊という長期間です。

そこで、具体的にどんな仕事、どんな日常を送っているかを知れたし、収入の面とか一年のライフサイクルとかも少し聞けたし、何よりスタッフの人たちがどういう想いや理念でその仕事をしているかを聞くこともできました。

 

そういう風にして、実際の仕事内容だけでなく、その人たちの生活スタイル、さらにはアツい想いを聴くことで、自分がどういう選択をしたらいいかがより鮮明にイメージできるようになると思います。

  

その上で、やっぱり自分に厳しそうだと判断して、自分の希望になるだけ会うような企業なりに入ることを決めるのは別にいいことだと思います。

 

でも、繰り返しになりますが、そのステップも踏まずに選択肢から外してしまうのは、とても残念に思います。

 

 

4.働き方を選ぶことは生き方を選ぶこと

3で述べたように、自分が興味あることをしている人のところに行って、どんなことをしているのか、どんな想いで、どんな生き方をしているのかを聴く。

 

ぼくは、これこそまさに「就職活動」なんじゃないだろうかと思います。

何も、説明会に行って、履歴書を書いて、面接に行くだけが就職活動ではないと思います。

 

働き方を選ぶことは同時に、自分がどう生きたいかを選ぶことと同じのように思います。

 

仕事と生活というのを分けて考えた場合、収入や休日の量によって生活のあり方も変わってきます。

 

週休二日で収入もある程度ある人は、一週間の内5日は朝から晩まで働いて、休日は家族とレジャーしたり、自分の趣味を楽しんだりという生活になるでしょう。貯金をためて遠くに旅行に行ったりちょっと贅沢な食事を楽しんだりもできるかもしれません。

 

一方、NPOなどで収入もそこそこしかないし、休みも不定期という働き方は確かに上のようなレジャーを楽しんだりする時間は少なくなるかもしれません。でも仕事に対して非常にやりがいや生き甲斐を感じて、自分の理念に従って働けるし(これは一般企業ではできないという話ではありませんよ)、取れないなりに限られた時間で子どもと遊んだり家族サービスしたりはできると思います。

 

庭で農作業したり薪を自分で作ったりしながら持続可能な生活を目指す生き方、働き方を目指せば、収入はかなり少ないかもしれませんが、生活し、家族を養っていくことは可能だろうと思います。

 

働き方を、ただどんな仕事かって視点だけで考えるんじゃなくて、自分はどんな生き方、どんな生活をしたいかという視点で考えたら、もっと柔軟に考えられるんじゃないかと思います。

そしてそれを選ぶのが「就職活動」だとすると、もっとそれを柔軟に考えられるんじゃないかと思います。

 

もちろん、どんな生き方を選ぶかというのは、その人の問題なので、例えば望まざる仕事に従事することになろうと、ぼくはそれを否定するつもりはまったくありません。

それに自分の親とか家族・家庭の問題で、自由に選択できなかったりということもあり得るでしょう。大学に行けなくて高卒で働かなきゃいけないとなると、選択の幅もかなり狭まるのだろうと思います。

(ぼくの先輩が震災による福島の農業高校卒業生の進路選択方法への影響などに関して卒論を書いていましたが、色々と考えさせられました。)

 

 

ぼくがここで言いたいのは、やりたいことや理想・理念があるのに、一般論や表面的な情報のみでそれを実現することを選択肢から外してしまうことはとても残念に思えてしまうということと、「就職活動」を生き方の選択だと考えたらもっと柔軟に考えられるのではないかということでした。

 

そんなことを考えながら、おいしんごは非一般的な「就職活動」を続けています。

少なくともスーツは着ません(笑)

 

 

 

おいしんご