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おいしんごがそれっぽく語ってみた

四国の真ん中、高知県本山町の地域おこし協力隊(林業振興活動員)として活動しています。森林のこと、環境のこと、社会のことなど、日々学んだことや考えたこと、感じたことをそれっぽく語っていきます。

「環境を守ること」を目指していたら、「人間の生き方を考える」ことになっていた

おはようございます、おいしんごです。

 

今日は最近の私の興味について。

 

私は小学校のころに「総合的な学習」の時間などで環境教育的なものを受けて、それ以来環境問題に強い問題意識と興味・関心を寄せてきました。

大学選びの際にも考えたのは、「環境問題や森林のことについて勉強したい」ということでした。そして農学部という学部を選んだわけです。

 

 

そして今の自分がガンガン取り組んでいる勉強はというと

(環境)哲学、(農村・地域・環境)社会学、経済学、労働論、コミュニティ・共同体論、コモンズ論

 

読んだ本の一部を並べてみても

アーレント「人間の条件」

尾関周二「遊びと生活の哲学」

内山節「ローカリズム原論」

暉峻淑子「豊かさとは何か」

水野和夫「資本主義の終焉と歴史の危機」

見田宗介現代社会の理論」

などなど

 

もちろん森林の本や自然保護の本も読んでいますが、こういった本を占める割合がけっこう高い。

 

どうしてこういう風に変わったのでしょうか。

 

それは、「環境問題の原因は人間にあり、また人間と自然の関係の悪化にあり、それを考えるには人間と人間の関係、つまり社会の問題を考えなくてはならないということ」を知ったからです

 

日本で環境問題の発端になったものは高度経済成長期に多発した公害と言われています。水俣病などです。

また今日では、環境問題とは何のことですかと尋ねられたら地球温暖化と答える人が大多数でしょう。

 

そういった公害や地球的環境問題の原因やメカニズム、その解決策を見つけるのは、確かに自然科学や工学などの科学に則った技術です。

そしてそういったことに対して勉強、研究している友達や先生方はうちの大学にもたくさんいます。というかそっちの方が大多数です。

 

 

しかし、ではそもそも何故その問題が起こったのか、という問いに対しては、上のような学問分野では答えられません。

 

たとえば水俣病に関して言えば、細かい説明は省きますが、有害物質を経費削減のために海に垂れ流していた。さらに国は原因を突き詰めていたが、その垂れ流していた会社(チッソ)が日本にとって重要な産業基盤だったからそこを守ることを考えた。

こうして水俣病は防げたのにも関わらず拡大した公害として、今でも被害者の方々を苦しめています。

 

地球温暖化に関しては言わずもがな、人間社会の産業の発達によるエネルギー革命、石油の大量消費によるCO2の大量排出が原因だと言われています。

 

その他の環境問題すべてを考えても、どうしてその問題が起こったのかということを考えたら、自然資源を収奪するような、もしくは自然の循環機能では浄化できないレベルの廃棄物の排出を良しとする生活、社会のあり方が根本にあります。

 

そこにはもちろん、資本の拡大を最大の使命としその目的には手段を選ばないという資本主義社会の問題が大きく絡んできます。

近代化に伴って人々は経済的・物質的に豊かで便利な社会を望みました。

しかしその根底には資源の収奪があり、時には先進途上国の人々の生活までも破壊しました。

そして現代に生きる人々は自然とはかけ離れた生活をし、自然というものをリアルに感じる機会が非常に薄い生活を行っています。

地球の裏側で起こっている紛争に問題意識が行きにくいのと同じように、リアルに感じたりイメージしたりしにくいものに対して問題意識を持つのは難しい。

 

自分ができることとしてエコな商品を選ぶだとか節電、節水に努めるだとか、ごみを減らすだとかはもちろん重要なことですが、それは根本的な解決ではない。

 

やはり社会・システムのあり方、人々の考え方・生き方というものを根本的(ラディカル)に変革していく必要があるのではないかと考えています。

 

 

その中で最近特に私が興味を持っているのが、「労働・仕事」のあり方です。

 

現代社会の大多数の人が労働(ここでは狭義)をしており、それで社会は動いています。しかし労働という概念を見直してみるとそれは「賃労働」だけを指すものではない。

お金を稼ぐことを否定しているわけではありませんが、やはり現代の賃労働それ自体や賃労働中心の社会には疑問を抱かざるを得ない。

それは自然と乖離して人間らしい働き方ができていないという意味でもそうだし、資本主義のスピードや競争原理が支配する社会においての働き方という意味でもそうです。

 

ちょうど友達のブロガーがバイトのことについて語っていました。

問題意識は異なりますが、時給というあり方も確かに問題があるなぁと考えさせられました(地味に宣伝w)。

 

バイトが嫌でしたくない大学生はしないほうがいい - やぎろぐ

 

 

高校の頃は社会化の科目の「倫理」にドハマりして一瞬文転も考えた私ですが、農学部に進んだ後なんだかんだで超文系な勉強をしています。

何より楽しんで趣味みたいに勉強できているのがとってもいいのですが(笑)

農学部も農業だけしているわけではないんですよーってことだけでも分かっていただければ

 

 

ところで話は少し変わるのですが、

昨日は私が参加しているNPO団体の森林ボランティアの活動でした。朝から夕方まで、木を伐ったり運んだり、森の中で一日汗を流しました。

私は山登りや自然観察などで山や森に入ることもよくあるのですが、そういった時とは全然違う爽快感というか楽しさというか、終わった後の達成感というか、を感じて帰ってきました。

 

私が森の中にいることが好きということも少なからず関係しているのでしょうが、自然の中で労働する特有の気持ちの良さってのがもしかしたらあるのかも、と思いました。

それは一体なんなのか、ということも長い時間かけて探っていけたらなと思います。

 

 

それでは

 

 

おいしんご